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インターネットの使い方
最近になって気がついたこと。
インターネット上にはいろんな形で情報とか呼ばれている物がゴロゴロ転がっているわけです。情報としての質の良し悪しは,ここではまず問いますまい。
さて,ニュースなりなんなりを見ていて気になることがでてくる。そうすると,そのトピックの中から心に引っかかったキーワードで検索をかける。
本題はここから。
検索結果は沢山出てくるわけですが,どうやら人間というのは,検索結果の中から”自分の考えに近いもの”を探して読み出すわけです。
ある政党が嫌いだと,たまたまそこの幹部に汚職疑惑があるとか,そこが法案提出しようとしている内容が気に入らないとか。
ある企業が新規に開始するサービスが,また独占に拍車をかけていきそうだとか,準大手のどこかを買収してさらに肥大化しようとしているとか。
ある団体が正当な権利として行っている学術調査に対して,暴力的手法で妨害を試みるとか。その行為を非難せずに支援する国や団体があるとか。
いや,これはあくまでもたとえですよ,たとえ。
そう言うこともあるかな,みたいな例ですって。
別にそんなことを本気で憤っていたり全然しませんもの。
私,穏和だし。うん。
で,検索結果を辿りながら,自分に近い主張の情報を見つけて「うんうん,その通りだ」と頷く。自分と反対の考え方が書かれているところはあまり見ない。結果的に,自分の考え方は正しい”ようだ”と安心する。
中立的に事実だけを述べた情報もあるんだけど,結局その中立情報に触れて自分が感じたことに対して,同じ方向の意見を持つ人を捜し回っているわけです。
ブログやらついったーやら,個人が意見を述べる場所がインターネット上には増えてきたので,自分が同調しうる情報を探しやすくなりました。
これが果たしていい傾向なのかどうか,そこにちょっとした目眩を感じるんですね。実際には自分と似た意見が少なくても,検索結果の中から自分に近いものを探していくんだから,自分という小さな世界の中では確実に多数決で勝っていくという仕組みになっているわけです。
ずっと前に書いたけど,ネットを使って意見を述べるというのは,好意的な意見よりも嫌悪感を持ったもののほうが多いんです。
ある記事がある。これはいいものだと思った時に,わざわざ自分の時間を削って「いい」という意見は書かれない。でもその情報に対して文句を言いたい人は時間を惜しむことなく「よくない」と書く。
うどんの出前を取る。食べた後に「あんたのところのうどんは本当にうまい」って店に電話入れて賞賛する人はいないですね。だけど「こんなまずいものでよく金取るな」という電話はいれたくなる。これによく似ています。
実際に店に電話を入れて文句を言うかどうかは実社会では判断が難しくて,まずかったら次からは頼まないってところを着地点にすることが多いんですけど,ネットというのはお手軽だから,”相手に直接伝えることなく”文句を言えます。「あのうどん屋が俺のブログ見てるわけないな」と思うから「○○屋はまずい」と書けてしまう。
結局,ネットの上に転がっている意見というのは,yesよりもnoが多い世界なんです。
古い知人が,ようやくPCを自宅に買い―その人の名誉の為に言っておきますが,PCを使ったことがなかったわけではないし,携帯でメールなどは日常的に使っているわけです―これからそのPCでインターネットなるものを使っていこうとしています。
あくまでもこれは,その人に向けたメッセージですからね。だったらメールで送ればいいんだけどな(笑
何かの情報に反発を感じた時に,自分と同じ意見だけを選別して,多数決で勝ったかのような感じ方をしないでください。たしかにあなたは間違っていないかもしれない。だけど正しいとか間違っているなんていうのは,立場が変われば変わってしまう可能性があるあやふやで曖昧なものです。
あふれかえっている情報に飲み込まれる前に,冷静に少し遠くから物事を俯瞰できる眼を育ててください。
まあ,とりあえずはPCの使い方になれて,このブログまでたどり着くというのが先決かもしんないけどさ(笑
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