山,山,山,そして山
このところあちこちから毎日のように請求書が届く。
で毎日のように銀行に行き,それからコンビニに行って,滞納していた料金を払う。
去年よりは多少マシなんだけど,それでも結構アブナイ状態でやっているらしい。大丈夫か,園田。
#多分,大丈夫
貧乏していても結構なんとかるものらしい。少なくても二人の子供は4月から新しい学校に行けることになってる。
貧乏に限らないけど,昔から何かで追い込まれると,自分のことを主観ではなく客観で見るようになる。自分のこととして理解しないで,一歩下がって自分の背中を見ているような視点になる。
コイツ大分白髪が増えたなとか。
そうやってみてると,危なっかしいけども,まだまだいけるんじゃないかって気がする。
こんな状況のわりに,その背中,結構落ち着いて行動してるもんな。
慌てないって大切なことなのよ。
Decade (Not Kamen Rider)
ドコモからなんか仰々しい封筒が届いてた。
「ご利用開始から10年になりました。プレミアクラブの資格がどうのこうの」
ということらしい。10年ですか,そうですか。この封筒とは別に「先月分,銀行の残高不足だったぞ。通話料払え」って請求書もきてましたけどね。えへへ。「10年も使ってくれたから,今月はまけときますよ,お客さん」くらい言えよと。
携帯は2台持ってます。普段使いはauです。これはTu-Kaだった頃からで,ドコモよりも早くから使ってるから,つまり10年どころじゃないわけですね。そうか,電話番号2つもぶら下げて10年以上も生きてきたのか。
10年の区切りを英語でdecadeと言います。
ディケイドっていえば,あちこち通りすがっては説教たれていた先代の仮面ライダーですね。んで,私はバイクにも乗れないし(*注1),変身もできない素面ライター。
あちこちで説教たれてるところだけは似ていなくもないか。
右下がりのシュークリーム
Twitterでもつぶやいていたりするけど,最近某社の原稿料が気持ち下がりました。
私の場合,減少額はページあたりシュークリーム2個(こだわるな)程度です。
ライターにも年功序列とまでいかないけれど,多少はランクがあって,この減少額も他のライターさんたちとは異なるかもしれません。だからあえて「いくら下がった」ではなくて,”シュークリーム2個”と書いてます。大人の心配りですね。園田,すごいぞ。
まあ歯に衣着せず言ってしまえば,出版業界は右下がりです。うちの近所では2軒の書店が閉店しました。一昔前にガソリンスタンドがバタバタと無くなった時期を思い出します。そういえばレコード屋(世代的にCD屋と言えない)も,ここ数年で何軒か潰れちゃったな。街の小さな写真屋もデジカメの普及で潰れてるや。
世の中の仕組みの変化によって,業界丸ごとを飲み込んで右下がりになっていくというのは,インターネットとやらができてから珍しいことでもなくなりました。
出版業界は危ないです。
んなことはわかってますとも。それで食ってるんだから。パートで仕事してる嫁に年収負けてるしさ。
もし自分が30代だったら,多分とっととケツまくって逃げてます。沈みかかった船から逃げるネズミみたいなものです。昔から鼻は利きます。だから12年前に写真屋の店長やめてるんだもの。
だけど今回は逃げません。なぜ?
出版業界が危ないってのは,紙にインクで刷ったものが危ないというだけのことであって,文字そのものがいらないといわれているわけじゃないんですね。私は文章の一次生産者です。いわば畑でタマネギを作っている農家みたいなものです。
出版が傾いている現状というのは,今まで最終消費者が炒めて食べていたタマネギが不評になってきたということであって,じゃあ生で食べようかという”今までとは異なる食し方”はむしろ伸びているということを意味します。タマネギの消費量はかわらないんですね。
出版が傾いた,だから一次生産者もいなくなった。これでは最終的に食卓に上る料理の質やバリエーションが維持できません。私はプロですもの。素人に簡単に席を譲って退散できません。
ライターの質って実は低下しているんじゃないかと,私は思ってます。他のジャンルのライターさんはわかりませんけどね。少なくてもプログラムであるとか,ITであるとか,そっちの方面で「読む人を惹きつけられる」という技術は明らかに低下しているように見えるわけです。
そりゃたしかに仕事でプログラムなりIT情報を欲している人に対して,無駄話だけでもどうかと思うけれど,贅肉をそぎ落としすぎて,無機質すぎるんですよね。無駄のない話は斜め読みで終わってしまう。
「必要なことを伝えられればいい」なのか「自分の文章を読んでもらいたい」なのか,そこが微妙な違いなのかなって思います。私は読んでもらいたいです。
伝えるだけなら箇条書きでいい。それは自分が大嫌いな,何年か前の図解モノと同じで,「はたしてこの本に著者と呼べる人がいるのか」になっちゃうんですよ。仮にも著者として印税を頂くのに,実際にやっているのは画面キャプチャとヘルプやポップアップ・メッセージの書き写しって,それはライターじゃないだろうと。
笑いって必要なんですよ。それがどんなに自虐的であっても。
自分も3年くらいプログラマやってストレスで顔面麻痺になった経験からいうと,こういう笑えるネタは心のリポビタンDとしてあるべきなんじゃないかな。それと似たような空気が,文章の中にだってあるべきじゃないかな,とかいろいろ考える夜です。
ああ,シュークリームうまい
その後どうなった
そういえば1月に「まずPCからメールを使えるようにしたい」といっていた友人,一ヶ月以上経ってますけど,まだメールが届きません。
三日でできないことは三年経ってもできない
結局必要を感じていなかったのかもしれないな,と遠くを見ながらつぶやいてみる。
芋づる
古い知り合いからmixiのマイミク・リクエストが届きました。
mixiは全然活用していないわけで,日記も面倒だから,このブログにリンクしている始末。さらにそのブログだって月1書くか書かないかという,執筆家にあるまじき筆無精っぷりを発揮しているわけですけども,まあいいじゃないか(なにが)
人というのはそれぞれにネットワークを持っています。今回のマイミクの申請もそうですが,ある人は別のある人と数年単位で連絡が続いている。こっちはこっちで,別の人と連絡が続いている。双方の知人同士も実は既知の間柄だったりするんだけど,何かのタイミングでリンクが切れているわけです。
真ん中に人が立つと,そのミッシング・リンクが突然再接続する。
インターネットのない時代だと,誰かの葬式(もはや結婚式という年ではない)でもなければ復帰しなかったであろう縁が,コミュニティ・サイトというものを媒介して再生するんですね。
「芋づる式」という単語が脳裏をかすめました。
誰か一人を見つけられれば,多分一緒に3人くらい見つけられる。言葉は悪いけど,芋づるなんですよ。
なんにせよ,伝手は多いに限る。
どんな形でも繋がってさえいれば,いずれくる自分の葬式の参列者も多少は増えましょう。
でもね,twitterとかmixiとか,やっぱり嫌いなのよね(笑
最近,突然,猛烈にtwitterでつぶやきだした知り合いがいます。全くソッポ向いていて「これどうやって使うんですか?何のメリットがあるんですか??」っていってた人がね。
その人が突然つぶやきの量を増やしたのを見て,twitterが来年には下火になっているであろうことを予見しました。このコミュニティの形は2年で破綻する。
mixiもセカンドライフも,どちらもまだ生き残ってはいるけれど,やはり一過性のブームだったんですよ。ネットの上で急激に膨れあがって,ある定型のスタイルを確立したものは,自らが作った形という枠に縛られだし,その窮屈さから閉塞感を生みます。一瞬の芋づる式の再会をする場所としてはいいんだけどね。
「twitterはいいよ!」みたいな本を書きたいなら,この夏までが限界です。ライターさんも編集さんも企画書はお早めに。
私?書きませんよ
日銭のために提灯書けって言われるなら別ですけど。
「じゃあアンチtwitterの本を」とか,そういうブームを逆手にとった企画もお断りします。だって数百ページにわたって理論武装で文字並べてもtwitterが嫌いな本当の理由にたどりつかないんだもの。「私はtwitterが嫌いです。好きだという人は”なうなう”言っててください」これだけです。
あえていうなら,純粋にWebテクノロジーのひとつして技術的にtwitterを見るという記事なら書きたいですね。骨の髄までプログラマだから。上物はどうであれ,ベースは今現在最先端のサービスであることはたしかなんですよ。
twitterもmixiも「何人と繋がっているのか」が参加者自身のステータスになっているようじゃ,どこかで言われているような”広範な情報源の確保”にはならないんですって。だからサルみたいに何百人とフォローしている人間からのフォローリクエストは蹴っ飛ばしてます。「コンサルティングのプロです」とかいうアホからのリクエストには笑わせていただきました。「メロンパンが大好きだ」っていう自分のつぶやきが,君のコンサルティングに何の情報として価値を発揮するのかとね。
「無駄な情報などない」と言われるかもしれないけれど,デマとガセと主観を何百何千と集めてきて選別するよりも,中立的な真実を3つ集めてきたほうが,ずっと情報価値は高いです。
私は数百人フォローして他人のつぶやきを追っている暇があるなら,Wikipedia見てるか,窓際で日光浴しながら小説でも読みます。最近,光合成足りない気がするんですよね。
芋づるで引っ張り出した旧友の小さな日記を見ているだけで私は満足です。
インターネットの使い方
最近になって気がついたこと。
インターネット上にはいろんな形で情報とか呼ばれている物がゴロゴロ転がっているわけです。情報としての質の良し悪しは,ここではまず問いますまい。
さて,ニュースなりなんなりを見ていて気になることがでてくる。そうすると,そのトピックの中から心に引っかかったキーワードで検索をかける。
本題はここから。
検索結果は沢山出てくるわけですが,どうやら人間というのは,検索結果の中から”自分の考えに近いもの”を探して読み出すわけです。
ある政党が嫌いだと,たまたまそこの幹部に汚職疑惑があるとか,そこが法案提出しようとしている内容が気に入らないとか。
ある企業が新規に開始するサービスが,また独占に拍車をかけていきそうだとか,準大手のどこかを買収してさらに肥大化しようとしているとか。
ある団体が正当な権利として行っている学術調査に対して,暴力的手法で妨害を試みるとか。その行為を非難せずに支援する国や団体があるとか。
いや,これはあくまでもたとえですよ,たとえ。
そう言うこともあるかな,みたいな例ですって。
別にそんなことを本気で憤っていたり全然しませんもの。
私,穏和だし。うん。
で,検索結果を辿りながら,自分に近い主張の情報を見つけて「うんうん,その通りだ」と頷く。自分と反対の考え方が書かれているところはあまり見ない。結果的に,自分の考え方は正しい”ようだ”と安心する。
中立的に事実だけを述べた情報もあるんだけど,結局その中立情報に触れて自分が感じたことに対して,同じ方向の意見を持つ人を捜し回っているわけです。
ブログやらついったーやら,個人が意見を述べる場所がインターネット上には増えてきたので,自分が同調しうる情報を探しやすくなりました。
これが果たしていい傾向なのかどうか,そこにちょっとした目眩を感じるんですね。実際には自分と似た意見が少なくても,検索結果の中から自分に近いものを探していくんだから,自分という小さな世界の中では確実に多数決で勝っていくという仕組みになっているわけです。
ずっと前に書いたけど,ネットを使って意見を述べるというのは,好意的な意見よりも嫌悪感を持ったもののほうが多いんです。
ある記事がある。これはいいものだと思った時に,わざわざ自分の時間を削って「いい」という意見は書かれない。でもその情報に対して文句を言いたい人は時間を惜しむことなく「よくない」と書く。
うどんの出前を取る。食べた後に「あんたのところのうどんは本当にうまい」って店に電話入れて賞賛する人はいないですね。だけど「こんなまずいものでよく金取るな」という電話はいれたくなる。これによく似ています。
実際に店に電話を入れて文句を言うかどうかは実社会では判断が難しくて,まずかったら次からは頼まないってところを着地点にすることが多いんですけど,ネットというのはお手軽だから,”相手に直接伝えることなく”文句を言えます。「あのうどん屋が俺のブログ見てるわけないな」と思うから「○○屋はまずい」と書けてしまう。
結局,ネットの上に転がっている意見というのは,yesよりもnoが多い世界なんです。
古い知人が,ようやくPCを自宅に買い―その人の名誉の為に言っておきますが,PCを使ったことがなかったわけではないし,携帯でメールなどは日常的に使っているわけです―これからそのPCでインターネットなるものを使っていこうとしています。
あくまでもこれは,その人に向けたメッセージですからね。だったらメールで送ればいいんだけどな(笑
何かの情報に反発を感じた時に,自分と同じ意見だけを選別して,多数決で勝ったかのような感じ方をしないでください。たしかにあなたは間違っていないかもしれない。だけど正しいとか間違っているなんていうのは,立場が変われば変わってしまう可能性があるあやふやで曖昧なものです。
あふれかえっている情報に飲み込まれる前に,冷静に少し遠くから物事を俯瞰できる眼を育ててください。
まあ,とりあえずはPCの使い方になれて,このブログまでたどり着くというのが先決かもしんないけどさ(笑
2年ぶりくらいの散髪
ウソみたいだけど本当に2年ぶりくらいの散髪だったらしく。
日経ソフトウエア連載記事の著者紹介写真では,スッキリサッパリな坊主頭ですけど,実は昨日の午後までは,襟足およそ25cmくらいのスーパー長髪でした。わはははは☆
2009年初頭くらいからヘアゴムが欠かせないほどになっていて,こんな長いのはバンドやっていた頃以来だから,実に20年ぶりくらいだったわけです。
2年前に5mmの坊主頭にしてから,一度も散髪してなかったわけですよ。でも伸ばしたいなと思って伸ばしていたんじゃなくて,散髪するだけ小遣いがなかったという情けないお話。
ラーメン食べてても自分の髪の毛がスープにつかるし,寝ている時に寝返りうつと髪の毛食っちゃうようになりまして,これがね,女性ならわかるんでしょうけども,たいがい鬱陶しい。
で,常人の散髪10人分くらいの毛を一気に刈っていただきましてすっきりしてきました。今回は丸刈りにはしなかったので,きちんと手をかけたら余所行きの頭も作れます(多分
長髪から一気に髪を切ると寒いだろうと言われますけど,実際には寒いより暑くなります。特に後頭部。太陽がちょっとでも当たると暑いです。あ,これ坊主になったときにも書いたな。この時期でもやっぱり暑いです。
もう少し儲けて,せめて1年に1度くらいは床屋に行けるようにならなくちゃいけません。来年の目標はこれだな。
小さいな,俺
ちなみに人間の髪の毛は,およそ1ヵ月で1cm伸びます。理論値とか,Wikipediaで調べたとかでなくて実測値です(笑
さらに長くなって邪魔になるからとゴムで束ねたりすると,毛根が刺激されるのでさらに髪の成長が加速します。またゴムで束ねて引っ張ると,額側の生え際は徐々に後退していきます。額方面が気になる方は注意しましょう。
たまには年末らしく
園田だってたまにはスーパーにいきます。
世間一般には「スーパー」で通用するんだけど,きっと記事を書く時には略さずに「スーパーマーケット」って書かなくちゃなりません。
ま,それはさておき。12月だし,たまにはと思ってスーパーで掃除道具というか,なんかそう言う類のものを買ってきたわけですよ。
トイレの洗浄剤っていうんですか。言っちゃえばブルーレットなんですけど。あと消臭剤。
それだけ?
それだけですね(笑)
あ,コーヒー買ってきた,コーヒー。コンビニ(仕事の記事で書くなら「コンビニエンスストア」と略さずに書け)で買うと嫁に怒られるから。最近はエクセラでなくてブレンディ。
消臭剤ってば,消臭っていうけど芳香剤だったりするんですよね。普通に無臭にしてくれればいいのに,”柑橘系の香り”とかなんかそういう匂いがでます。
芳香剤の匂いって何系でもいいけど,不自然でしょ。自然な「香り」って言う感じがなくて,なんか「匂い」っていう感じがする。
仕事部屋に人為的な匂いがしているって気持ち悪いんですよね。でも家族一同に「部屋がタバコ臭い」ってブツブツいわれるよりは,自分の精神的にいいし我慢するしかないという。
仕事部屋は2階なんだけど,うちはトイレが1階にも2階にもあって,2階のトイレはほぼ自分専用なんですね。だから自分で手入れをしないといけない。ブルーレットを置いてみただけなんだけど,アレって結構効くのね。
ITだなんだ,新技術がどうだって,なんでも最新技術で人を驚かせようという傾向があるけども,トイレひとつでこんなに日本の技術に感動するとは思わなかったです。
スーパーで300円で売っているものにも,まだまだ発見があるんだな。
倒産しただって?
久しぶりに書籍でも書くかと思って,旧知の出版社さんに連絡をしてみようかと思い立ち,とりあえず最近のラインアップを確認してから企画を捻り出そうと思ったら…
倒産されてました
あらららら。
たしかに決して大きな出版社ではなかったです。飯田橋だったかな,そのへんの雑居ビルの3フロアくらいを使っていて,少し照明の暗いオフィスには10人前後の方がいらっしゃったと記憶しています。
著者校(印刷直前のページイメージで出力されたプリントアウトを確認する作業)で一度か二度お邪魔して,倉庫兼用になっている最上階で赤ボールペンを走らせたことを思い出します。
そうそう,ここのトイレがね,ドアの上下に隙間があって,どう考えても音がオフィスにいる人に聞こえるんですよ(笑)。女性もいたけどどうしていたんだろうとか。
小さい会社だから倒産するということではなくて,出版そのものが苦しいんだと思います。この出版社さんも元々は小さいけれどプログラム関係とかで頑張っていらっしゃったところです。私も1冊?2冊だっけな?の書籍を書かせていただきました。
本買ってプログラムを勉強する時代じゃないんですよね。と言いますか,趣味でプログラムをする人間はどんどん減っているわけです。
かつてのサンデー・プログラマ諸氏は今,どこで何をされているんだろうか
コンビニとコミュニケーション
近くのコンビニにほぼ毎日買い物に行きます。
今や旧人類の象徴ともいえるタバコを買いにいっているわけです。
で,このコンビニ,昼間はおばちゃ…いや,おねえさんたちが店番しているわけですけども,昔から園田という人間はおばちゃ…じゃなかった,おねえさんたちに人気があるようで,タバコひとつ買いに行くだけなのに,よく世間話に巻き込まれます。
タバコひとつ買うのに暑いの涼しいの,今の時期だと運動会がどうだとかで10分とかね。
家に籠もりがちな仕事ですから,こういうコミュニケーションも大切なんですよ。ものすごく小さなリフレッシュタイムです。
日経ソフトウエアの連載執筆が折り返しに入ったので,ぼちぼち次の企画を考えなくちゃなりません。コンビニへの行き帰りの数分という小さな散歩時間が一番考えがまとまる時間だったりします。
ネタは思いついたけど,それをここに書くとね,いろいろあるわけですよ,イロイロ。
そうして頭の中のメモの数だけがやたらに膨れあがっていきます。頭蓋骨開いたら,脳みそのあちこちにポストイットが貼り付いてそうだ。
…頭蓋骨
久々にハンニバルが見たくなったな